黒が好きな僕。
赤が好きだった彼女。
着る服、携帯電話、自転車。彼女は爪や唇も赤にしていた。身の周りは自分の好きな一色に染めていた。だから二人は相容れなかった。気こそ合わなかったけれど、赤色の似合う彼女が僕は好きだった。
とある日、彼女が言った。
私ね、結婚するの。
耳を疑う。声が出せなくなる。凍りついた僕から目を逸らし、頬を赤らめて彼女は言った。
ウェディングドレスね、白なの。彼のスーツも、白なのよ。お揃いの白い服を着るんだ。
彼女の瞳は、幼子のようにきらきらと輝いていた。だけど僕は、そんな彼女を直視出来なかった。そう、と一言だけ呟いて、僕はその場から逃げた。
私、赤色が好きなの。太陽の色で、薔薇の色で、情熱的で素敵でしょ?
物心ついたときから、ずっと聞いていた言葉。それは、その言葉の持ち主である彼女自身によって打ち砕かれた。あれだけ好きだった赤を捨てて、白を選んだ。ずっと傍にいて、ずっと想っていた僕じゃなくて、別の誰かを選んだ。
ずっと見てきた僕だから言えること。
君に似合うのは、赤色だよ。
白い教会の、白い部屋。白い肌に、白いドレスの彼女。
黒いスーツに、赤いコサージュの僕。
コントラストの強い二人が、花嫁の部屋にいた。
ほんとに黒好きね、と白い彼女が笑う。その唇も、今日は白に近い淡いピンクだ。なかなかきれいだったけど、やっぱり。
君は、赤が似合うよ。
そう笑って、彼女の首にナイフを突き立てた。
銀の刃を伝い、赤い滴が零れる。彼女の唇を染めた赤は、彼女の白いドレスへ広がっていく。真っ赤な花嫁。
緩やかに崩れていく彼女を抱き上げる。そのまま、部屋の窓から教会の裏へとエスケープ。恋の逃避行だ。
何処か遠くの、崩れた教会に着いた頃には、酸素が彼女の赤いドレスを僕の好きな色に変えていた。お揃いだね、と呟いてみる。もちろん返事なんかない。彼女の長い睫毛も、もう動かない。
ここで僕は、とあることを思い出した。
花束が、花嫁のブーケがない。
ああ、忘れていた。せっかくだから、彼女の好きな赤薔薇を贈ろうと思っていたのに。
祭壇にそっと彼女を寝かせて、僕はナイフを取り出した。まだ乾いていない、赤黒い血がこびりついている。僕は其れを自分のスーツで拭き取った。どうせ黒だから目立たないし、いずれ赤色は黒くなってしまうし。
彼女の胸に、ぽとり、赤い花が落ちる。僕の首筋から落ちる花弁は降り積もって、横たわる彼女の胸で花束になった。
服は僕の好きな色、花は彼女の好きな色。
これで君も幸せだろう?
そう呟く前に、赤かった僕の視界は黒へと変わり、もう二度と赤い色を見ることはなかった。僕も、彼女も。