カル村の小説置場です。拙い文章ですがお付き合い頂ければ幸いです。
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エカルラート
の続編の作品です。
続編というか、テフン少年視点の、エカルラート以前のお話です。
本作よりは短いのでご安心してお読みください。

相変わらず、最初から話が重いですが。

追記からどうぞ。 











 娼婦だった母が死んで、父と二人になった。
 金に困っていた父は、俺を奴隷として売り飛ばした。自分の息子を引き渡して一握りほどの銀貨を受け取ると、こちらを見ることもなく逃げるように去って行った。こんな男が自分の父親なのか、と心底落胆した。
 手元に残されたのは、母が好きだった花の、その種だった。その花は、美しい緋色をしている。自分の子を残して死ぬような母親は好きではなかったが、その花だけは俺も好きだった。だから、その種だけはずっと持っていた。
 今にして思えば、それが生きるための希望だったのかもしれない。あの花をもう一度見たいーーそんな言い訳をしていたけれど、本当はただ死ぬのが怖かっただけなのかもしれない。とにかく、その種を捨てることはなかった。

 父親に売られてから幾日かが経ち、奴隷市場へ連れてこられた。そこには、俺と同じように家族に売られた者や、敗戦国の国民達がいた。
 人間が人間を買い、人間の上に立つ。ああ、醜い。どいつもこいつも。私利私欲に走り、自分のために誰かを傷つける。醜い。憎悪に脳を支配されたそのとき、緋い何かが意識を横切った。ーーあの花だった。
 あの緋い花は、美しかった。それこそ、この人間達とは真逆で。彼らも、あの花を見たら、あのように美しくなりたいと願えるのだろうか。それならば、俺はその花を咲かせよう。美しい花で、地平線をうめつくそう。そうしたらきっと……。
 だから俺は、生きのびよう。どうやったって、生き永らえるんだ。そのためだったら、あの父親や奴隷商人のように、誰を傷つけたってかまうものか。彼らだって、目的のためにしていたことだ。それと同じ。今の俺は醜いけれど、いつかあの花を咲かせることが出来れば……。
 そう心の中で呟いて、小さな麻袋に入った種を握り締めた。

 恐らく金持ちであろう人物達が、数字の羅列を唱えている。丸々太った口髭の男が何か言うと、商人が木槌を叩き、お買い上げ、と叫んだ。すると、俺はもう一人の商人に手枷を引っ張られ、その口髭の男の元へ連れていかれた。つまり、この男が俺の「飼い主」になったのである。
 そして買われてすぐに、その男の車の荷台に乗せられた。乗せる、というよりは押し込められた、と言った方が正しいかもしれない。
 荷台の扉が閉められ、車が動き出した。すると、荷台に乗っていた、俺と同い年ほどの少年と目が合った。左肩に垂らされた象牙色の三つ編みが、車の動きに合わせて揺れている。彼はしばらくこちらを見つめたあと、はにかむように微笑んだ。
 ああ、自分は、こんな無垢な者まで裏切らなければいけないのか。胸に痛みが走る。だけど、ここで逃げるわけにはいかない。生きるんだ。俺が生きのびさえすれば、いつかこの少年にだって、あの花を見せられるかもしれない。
 ひとつ、ゆっくりとまばたきをし、種の袋を握り締めた。

 炭鉱は、錆と土、そして血のにおいが漂っていた。誰か轢かれたのだろうか。赤黒い轍を眺める。
 途端、肩に手を置かれた。驚いて振り向くと、そこにはさっきの象牙の髪の少年が立っていた。女みたいな顔立ちだ。少し垂れた目が、こちらを見つめている。
「なあ、お前、名前は? 俺は、ナタっていうんだ。」
象牙が言った。こんな血生臭い場所にもかかわらず、照れたような笑顔だ。
 こんな奴を利用するのは心苦しい。だけど。目を閉じ、あの花を思い浮かべる。またゆっくりと目を開き、俺は彼に言った。
「テフンだ。テンでいい」
 テン、と象牙が呟く。彼がもう一度口を開くと同時に、怒号と鞭が彼の背中を打った。
 俺は衝動的に逃げていた。離れた所で彼の方を一瞥する。彼は、鞭を受けた背中をさすっていたが、何故か俺はその背中から目が離せなかった。

 そのときの俺は、知る由もなかった。
 その背中が、俺の最期の景色になるなんて。










「エカルラート」は、フランス語で「緋」を意味する言葉です。
作中に出てくる花の色をイメージして付けました。

「ノワール」は、知っている方も多いと思いますが、フランス語で「黒」です。
テフン少年=黒髪の少年の視点なので、黒という意味のこの語をタイトルにつけました。

そんな小話。

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